ジュエルライブ マダムライブ

オタクだって3次元の彼女が欲しい。

中学生の時、いわゆるアニメオタクになった僕は、22歳になった今でも、女の子とまともに交際した経験がない。

高2の時に一度だけ、他のクラスの女子に告白されたことがあったくらいだ。
失礼ながら可愛いとはいいがたい子だったけど、告白されたのなんて初めてで、嬉しくてOKした。

3日間一緒に下校した。
4日目に、見知らぬ二人の女子が僕の教室に来て、
「〇〇ちゃんがもう別れたいって言ってるから」
と言われ、僕の青春は終わった。
未だになんだったのかよくわからない。

とにかく、そういうわけで僕はちゃんと彼女ができたことがない。
回りの友達はみんな似たようなオタクばっかりで、彼女のいるやつなんていない。
女友達もいないんで、紹介してもらうあてもない。

僕はそんな状況を打破すべく、ハッピーメールという出会い系サイトに登録した。
何でハッピーメールかっていうと、何を隠そう僕の兄貴がそこで彼女を作ったからだ。

hapime

プロフ設定の時、つい色々と見栄を張りたくなってしまったけど、僕の目的は彼女を作ること。
実物を見てガッカリされるよりはと、なるべく客観的な設定を心がけた。

話には聞いてたけど、世の中にはヤリ目と呼ばれる、セックス目的の女の人が本当にいるんだとわかった。
僕はそういう人との出会いは望んでいなかったので、それっぽい事を言ってきた人には、申し訳ないけど無視機能を使わせてもらった。

足あとを残してくれた人の中から、会えそうな範囲に住んでいる人を選んで、アバターや日記を見て、長考に長考を重ねて、たどり着いたのが美咲さんという同い年の女の子だった。

僕は緊張して最初にバカ丁寧な挨拶をしてしまったんだけど、それがかえって好印象だったみたいで、そのうちLINEで話すようになった。

美咲さんは、東北の出身で、品川で一人暮らしをしながら動物病院で受付の仕事をしていた。
職場がものすごいブラックで、危うく体を壊しそうになったんで、もう辞めたいけど、院長が辞めさせてくれなくて困っている、みたいなことを話してくれた。
僕は大して気の利いたことも言えなかったけど、精一杯彼女を元気付けた。

そうしたら、彼女の方から僕に会ってみたいと言ってきた。
ちょっと困惑したけど、貴重な休みを僕に割いてくれると思うと嬉しかった。

美咲さんは、僕らの現住所の中間あたりで会おうって言ってくれた。
でも、僕は彼女の住んでいる品川まで行くことにした。
仕事で疲れてる美咲さんに負担はかけられない。

会う前に交換した写メの印象では、ちょっとぽっちゃりした子なのかなと思ってた。
会ってみると、ほっぺたがふっくらしてるだけで、体は普通に細くてスタイルが良かった。
笑うとすごいえくぼができる。
童顔で、ネコみたいにぱっちりした目が印象的な女の子だった。

sinagawa

美咲さんは僕を見て、「信哉くん(僕のこと)、写真よりイケメンだね」って言ってくれた。
僕は神に誓ってイケメンではない。
オタクのヒョロメガネだ。
でも、お世辞でもそう言ってくれる子だっていうのが嬉しかった。

品川っていうとオフィス街のイメージしかなかったけど、美咲さんが連れて行ってくれた高輪プリンセスガルデンは、ヨーロッパみたいな町並みのキレイな所だった。
女の子とこんな場所を歩くのは、恋愛ゲームの中でしかしたことがない。
ベンチに座ろうと言われて、僕はどきどきしながら、美咲さんと少し間を空けて座った。

美咲さんは高校の時テニス部で、全国大会まで行ったことがあるんだと言った。
すごい。
僕は運動部に所属したことすらない。
信哉くんは何部だったのと聞かれて、僕は正直に吹奏楽部だったと答えた。
「音楽が好きなの?」
と美咲さんは言ったが、そうではない。

僕の高校は、体育祭で吹奏楽部が生演奏をする学校だった。
そのため、吹奏楽部員だけは、体育祭の出場義務がないのだ。
つまりは、リレーの練習やら何やらをさぼりたいがためだけに入った部活だった。

そう言うと、美咲さんは手を叩いて笑っていた。
僕がオタクなのはプロフに書いてるんで知ってるはずだけど、運動オンチということまでは書いてなかったんで、知られるのは恥ずかしい。
でも、美咲さんはそういう正直なところがいいと言ってくれた。

プリンセスガルデンを後にして、美咲さんと僕はランチを食べにオールデイダイニングというお店に向かった。
僕は食べ放題でこんなお洒落なお店に来たのは初めてだ。

rissyoku

ところで、僕は非常に食が細い。
どのくらい細いかっていうと、昼はコンビニのサンドイッチ1つで足りてしまうくらい。
だから、食べ放題に来てもあまりお得感はない。

それにひきかえ、美咲さんは細いのにすごくよく食べる人だった。
食べるのが趣味なんだって。
僕の5倍は食べたと思う。
そんなに食べてよく太らずにいられるなあと思った。

「信哉くん、あんまり食べない人だったんだね。ビュッフェなんか誘っちゃってごめんね」
って、美咲さんに謝られた。
僕は食は細いけど、だからこそ好きなものを選んで食べられる食べ放題が実は嫌いじゃないんだと言った。
これは美咲さんに気を使ったわけじゃなくて、本当のこと。
コスパが悪いんであんまり行かないけど。
でも、美咲さんは僕が慰めにそう言ったんだと思ったみたいで、信哉くんは優しいねって言った。
本当なのになぁ。

それから、またプリンスホテルに戻って、今度はアクアパークに行った。
女の子と水族館に行くなんて、恋愛ゲームの(以下略

akuapa-ku

普通の水族館と違って、ナイトクラブのフロア(行ったことないけど)に、蛍光に光る巨大なホルマリン漬けの瓶が並んでるみたいなところだった。
(この説明だと全然良く聞こえないと思うけど、すごくキレイだった)
思ったことをそのまま感想にして言ったら、信哉くんて面白いねって笑われた。

イルカショーを観た後、セントラルガーデンを散歩した。
美咲さんが、また少し自分のことを話してくれた。

ちょっと前に付き合ってた彼氏にお金をだましとられたらしい。
事ある事にウソをついて、何度かに分けて少しずつお金をせがまれたんだって。
気がついたらそれが50万近くになってて、返してって言ったらまたウソをつかれた。
最後はなぜか彼氏の方が美咲さんを訴えるっておどしてきて、怖くなった美咲さんはお金はもういいから別れてくれってお願いして、ようやく別れられただって。
ひどい話もあったもんだ。

その事が悲しくて、仕事に没頭してたら、いつの間にか過激な勤務体制を当たり前のように求められるようになった。
辞めたいって言ったら、最初にそういう契約で雇ったはずだって、動物病院の院長にまでウソをつかれたらしい。

「私の周りはウソツキばっかりで、もうイヤになっちゃう」
美咲さんは悲しそうに笑ってた。

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美咲さんが僕のプロフに興味を示したのは、そんな経緯があったからみたいだ。
僕が自分のことを、かっこつけずに正直に書いてたからなんだって。
「LINEで信也くんに仕事のグチを言ってたら、”美咲さんが体を壊してまでまっとうしなきゃいけない仕事なんてないと思うよ”って言ってくれたでしょ。それで、この人だったら会ってみたいなって思ったんだ」
美咲さんはそんなふうにも言ってくれた。
嬉しかった。

セントラルガーデンの後、美咲さんがよくコーヒー豆を買いに行くという、アマメリアエスプレッソというお店でコーヒーを飲んだ。
僕はコーヒーと言えばスタバくらいしか行った事がない。
でもせっかくだからと思って、お店の名前にもなってるエスプレッソを頼んだ。

小人の食器だろうかと思うくらい小さなコーヒカップに、ものすごく苦い液体が入っていた。
「苦そうだね」って美咲さんが言うので、僕は真剣に毒が入ってるんじゃないかと思ったと言った。
そんな僕を見て、美咲さんはまた笑っていた。
美咲さんはジブラルタルっていうコーヒーを飲んでいた。
ジブラルタルといえば、僕にとっては海峡か生命保険会社の名前だ。
美咲さんは僕と違って、ずいぶんお洒落な人だなぁと思った。

夜は、これまた高輪にある、サルマ チッカアンドビリヤニという舌を噛みそうなインド料理の店で食べた。
二人の食べる量があまりにも違うので、僕の好き嫌いを聞いて、美咲さんが適当に注文して、二人で分け合って食べるというスタイルにした。
本格的なインド料理も初めて食べたけど、どれもすごく美味しかった。

美咲さんがたくさん食べてくれるから、僕も色んな料理が食べられて得した気分だと言ったら、
「そんなふうに言ってくれた人、初めて」
って嬉しそうだった。

翌日も美咲さんは仕事だと言うので、その日は早めにお開きにした。

美咲さんはちょっと不遇だけど、とってもお洒落で魅力的な人だ。
今日一日僕に色んなことを話して少しはすっきりしただろうから、もう僕みたいな奴と会うこともないだろうと思っていた。

なのに、美咲さんからこんなメールが届いた。
『信哉くん、今日はありがとう。最近嫌なことばかり続いてたけど、今日はとっても楽しくて、今日一日で信哉くんのことをすごく好きになりました。また会ってくれるかな?』

22歳にして、僕は初めて女の子と付き合うことになるかも知れない。

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